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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)262号 判決

原告 財団法人半導体研究振興会

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五六年審判第三六四三号事件について昭和五九年一〇月九日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四〇年五月五日、特許法第四四条第一項の規定により、昭和三九年一一月一二日にした特許出願(昭和三九年特許願第六四〇四〇号)の一部を分割して新たな特許出願(昭和四〇年特許願第二六二八八号、以下「原出願」という。)をしたところ、昭和四六年八月二五日出願公告(昭和四六年特許出願公告第二九二九一号)されたが、特許異議の申立があり、昭和四七年五月一七日原出願を拒絶する旨の審決がなされ、その謄本は同年七月二六日原告に送達された。そして、右審決は、同年八月二五日の経過により確定した。

原告は、昭和四七年七月一〇日、前記規定により原出願の一部を更に分割して、名称を「光の伝送装置」とする発明につき新たな特許出願(昭和四七年特許願第六八九〇四号、以下「本願」という。)をした。

昭和五五年一二月一七日本願につき拒絶査定を受けたので、原告は、昭和五六年三月四日審判を請求し、昭和五六年審判第三六四三号事件として審理された結果、同年九月一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)があり、その謄本は同月一九日原告に送達された。

原告は、同年一〇月一四日東京高等裁判所に前審決の取消しを求める訴え(昭和五六年(行ケ)第二五七号)を提起したところ、昭和五八年一〇月二〇日、「特許庁が昭和五六年九月一日、昭和五六年審判第三六四三号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決が言渡され、その後同判決は確定した。そのため、本願については再度特許庁において審理されることになり、原告は、昭和五九年八月二九日付手続補正書により補正をしたが、同年一〇月九日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下単に「審決」という。)があり、その謄本は同月一一日原告に送達された。

二  本願の発明の要旨

屈折率の大きい透明ガラスと屈折率の小さい透明ガラスとより成る可撓性光伝送路にして、前記伝送路の軸線に対し直角方向に連続的に変化する屈折率分布を有する如く構成したことを特徴とする光の伝送装置。

(別紙図面参照)

三  審決の理由の要点

本願は、昭和三九年一一月一二日に出願された昭和三九年特許願第六四〇四〇号の一部を特許法第四四条第一項の規定により分割した新たな特許出願であるとして昭和四〇年五月五日に出願された昭和四〇年特許願第二六二八八号の一部を特許法第四四条第一項の規定により更に分割した新たな特許出願であるとして昭和四七年七月一〇日に出願されたものである。

本願の原出願からの前記分割の適否について検討する。

本願の発明は、前項記載のとおりであると認める。なお、屈折率分布が内側が大で外側が小であることは明らかである。

これに対して、原出願の発明は、特許請求の範囲に記載されたとおりの、「屈折率の大きい透明固体材料と屈折率の小さい透明固体材料とよりなる光伝送路にして、該伝送路の軸線に対し直角方向に屈折率が内側が大で外側が小なる如く連続的に変化する屈折率分布を有することを特徴とする光伝送装置。」であると認める。

本願の発明と原出願の発明とを対比すると、〈1〉材料が、前者は「透明ガラス」であるのに対して、後者は「透明固体材料」である点、〈2〉前者は光伝送路に「可撓性」なる限定を有するに対して、後者はこれを有しない点に、差異が認められる。しかしながら、原出願の発明は、クラツド型のオプテイカルフアイバーの性質を改良することを目的として、屈折率分布を連続的にした発明であり、そのために、特に透明固体材料の選択に工夫をした発明でないことは明らかであるから、先行技術のクラツド型のオプテイカルフアイバーに使用されていた透明固体材料をそのまま使用するものとして理解でき、透明ガラスを含むものであることは明らかである。本願の発明は、原出願の発明が含むところの透明ガラスを明記したにすぎないものであり、当然に原出願の発明に含まれるものであるから、〈1〉の点をもつて、両者を別異のものとすることはできない。〈2〉については、原出願の明細書において、発明の目的として、クラツド型のオプテイカルフアイバーの性質の改良を前提とし、屈曲性(可撓性と同義と認める。)を有する透明固体材料による光の伝送装置を提供することを記載し、効果においても、屈曲性に優れ、小さい曲率半径の屈曲ができることを挙げており、原出願の発明が可撓性のものを含むことは理解でき、かかる限定の有無により両者に実質上の差異があるものということはできない。

してみると、本願の発明は、原出願の発明と同一であり、本願は、特許法第四四条第一項に規定する二以上の発明を包含する特許出願の一部を分割した新たな特許出願に該当せず、分割は不適法であつて、同条第二項の出願日の遡及を認めることができない。

以上の理由により、本願の出願日は、昭和四七年七月一〇日であると認められるが、本願の発明が、その先願となる原出願の発明と同一であることは前述したとおりであり、したがつて、本願の発明は、特許法第三九条第一項の規定により特許をすることができないものである。

四  審決の取消事由

1  審決は、禁反言及び信義誠実の原則に反するものであつて違法である。以下詳述する。

(一) 原出願の発明の特許請求の範囲は、「屈折率の大きい透明固体材料と屈折率の小さい透明固体材料とよりなる光伝送路にして、該伝送路の軸線に対し直角方向に屈折率が内側が大で外側が小なる如く連続的に変化する屈折率分布を有することを特徴とする光伝送装置。」というものである。一方、本願の昭和四七年七月一〇日付特許願書に添附した明細書の特許請求の範囲は、「屈折率の大きい透明ガラスと屈折率の小さい透明ガラスとより成る可撓性を有する光の伝送路にして固体拡散法により前記伝送路の軸線に対し直角方向に連続的に変化する屈折率分布を有する如く構成したことを特徴とする光の伝送装置。」というものであつたが、原告は昭和四七年一一月一三日付手続補正書により特許請求の範囲を、「(1)屈折率の大きい透明ガラスと屈折率の小さい透明ガラスとより成る光伝送路にして固体拡散法により前記伝送路の軸線に対し直角方向に連続的に変化する屈折率分布を有する如く構成したことを特徴とする光の伝送装置。(2)前記光伝送路を可撓性としたことを特徴とする前記特許請求の範囲第一項記載の光の伝送装置。」と補正した。

これに対し、審査官は原告に対し、昭和五〇年九月一八日付通知書をもつて、「この出願は、軸線に対して直角方向に連続的に変化する屈折率分布を有する光伝送装置をガラスにて構成する点、及びガラスにおいて固体拡散法により連続的に屈折率が変化するものが得られる点でもとの出願の出願当初の明細書及び図面に記載した事項の範囲外の事項を要旨としているため出願日のそ及は認められず、昭和四五年法律第九一号により改正された特許法に基づく出願として取り扱うこととなるから予め通知する。」旨、及び昭和五一年三月一九日付新法適用通知書をもつて、「軸線に対して直角方向に連続的に変化する屈折率分布を有する光伝送装置の材料として、当初の明細書には上位概念の物質である光学材料のみが記載され下位概念の物質であるガラスについては何ら言及されていないので、本願のように下位概念の物質であるガラスへの限定をした発明は、当初の明細書に記載されていた発明とは異なる別の発明と認めざるを得ない。よつて本願の発明は、もとの出願の出願当初の明細書および図面に記載した事項の範囲外の事項を要旨としているものと認められる。」として、「この出願は、出願日のそ及は認められないので、この通知書の送付のあつた日から昭和四五年法律第九一号により改正された特許法に基づく出願として取り扱う。」旨それぞれ通知した。そして、審査官は原告に対し、昭和五四年一月一一日付拒絶理由通知書をもつて、「本願の特許請求の範囲第一、二組に記載された発明は、その出願前国内において頒布された昭和四五年特許出願公告第三〇六四八号公報、昭和四七年特許出願公告第八一六号公報、同年特許出願公告第八一九号公報、同年特許出願公告第八二一号公報、同年特許出願公告第八二二号公報、同年特許出願公告第八二三号公報、同年特許出願公告第八二四号公報に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。」との理由により本願を拒絶すべきものと認める旨通知し、次いで右理由により本願につき拒絶査定をした。

右拒絶査定を不服としてなした原告の審判請求に対し、前審決は、「本願発明と原出願中に記載された発明を比較するに、透明固体材料としてガラスを用いる旨の発明の開示は原出願には全くなかつたので、本願は原出願に含まれた発明の一部を分割したものとは認められず、特許法第四四条第一項の規定に反するので、同条第二項の出願日の遡及は認められない。」としたうえ、右認定、判断を前提として、本願の発明は前記特許出願公告公報(但し、昭和四七年特許出願公告第八二三号公報、同年特許出願公告第八二四号公報を除く。)に記載された発明と同一であるとした。

ところが、前記昭和五六年(行ケ)第二五七号審決取消請求事件の判決(以下「前判決」という。)において、「原出願には、連続変化型オプテイカルフアイバーの透明固体材料としてガラスを用いる旨の発明が開示されていたというべきであるから、原出願にその旨の発明の開示が全くなかつたので、本願は原出願に含まれた発明の一部を適法に分割したものとは認められないとした判断は誤りであり、これを理由に原出願日への遡及を否定し、本願発明が原出願日以降の刊行物である第一引用例ないし第五引用例と同一であるとした審決は、違法であるから、取消されるべきである。」と判示された。

しかるに、原告は、昭和五九年七月二三日付で拒絶理由通知を受けたので、同年八月二九日付意見書を提出するとともに、同日付手続補正書により本願の発明の特許請求の範囲を前示本願の発明の要旨記載のとおり補正した。

ところが、前示審決の理由の要点記載のとおりの審決がなされたものである。

(二) 前項で述べたとおり、特許庁側は、前審決に至るまで一貫して、原出願には、光伝送路の透明固体材料としてガラスを用いる旨の発明の開示が全くなかつたので、本願は原出願に含まれた発明の一部を適法に分割したものとは認められないと判断し、これを理由に本願の原出願日への遡及を否定していたものであるところ、本願の出願後一二年余の年月を経た後になつて、原出願の発明における透明固体材料に透明ガラスを含むものであることは明らかであり、本願の発明は、原出願の発明が含むところの透明ガラスを明記したにすぎず、当然に原出願の発明に含まれるものであるから、本願の発明は原出願の発明と同一であるという、従前の拒絶理由とは全く相容れない拒絶理由を示して、本願の原出願からの分割を不適法のものとし、恣意に、本願の発明の特許査定を拒んでいるものであつて、審決は、禁反言及び信義誠実の原則に反するものであつて違法である。

被告は、審決は、前判決の趣旨に従い、改めて審理、判断したものであり、したがつて、取り消された前審決における判断と異なる判断をしたからといつて、禁反言及び信義誠実の原則に反するものということはできない旨主張する。

しかしながら、判決の拘束力によつて行政庁がこれに背馳する判断をなし得ないことは法的安定の要請からいつて当然である。一方、禁反言の原則というのは、記録又は行為あるいは表示等によつていつたんある言明が行われた以上、後になつてこれに反する逆の言明や表示をすることは許されないという原則であつて、この判決の拘束力と禁反言の原則は、それぞれ併存して遵守されなければならないものであり、一方が他方に優先するものでもなければ、一方に従うために他方は遵守されなくてもよいという関係に立つものでもない。

特許庁側は、前記のとおり、長年にわたつて、「本願は、原出願の発明には含まれていない全く別個の新しい発明に関する出願であるから、適法な分割出願に当たらない。」としてきたものであるところ、これが前判決によつて否定された以上、前判決の趣旨に沿つて分割出願たる本願を適法とする審決が改めてなされなければならないことは当然である。そして、「本願の発明は原出願の発明と同一であるから、本願の原出願からの分割は不適法である。」などという、従前のものとは全く相反する理由を拒絶理由とすることは信義則からいつても許されないことは当然のことであつて、被告の前記主張は理由がないものというべきである。

2  本願の発明は原出願の発明と同一であり、本願の原出願からの分割は不適法であるとした審決の認定、判断は誤りである。以下詳述する。

(一) 審決は、まず、原出願の発明における光伝送路の材料は透明固体材料であるのに対し、本願の発明における光伝送路の材料は透明ガラスである点について、本願の発明は、原出願の発明が含むところの透明ガラスを明記したにすぎないものであり、当然に原出願の発明に含まれるものであるから、右の差異をもつて、原出願の発明と本願の発明とを別異のものとすることはできないとしているが、本願は、原出願の発明に含まれていた種々の透明固体材料(透明ガラス、プラスチツク、結晶性ガラス等)の中から特にその一部である透明ガラスを区分して、出願の分割を行つたものであり、本願の発明における透明ガラスは、原出願の発明における透明固体材料に含まれるが、「含まれる」ということと「同一である」ということとは異なる概念であつて、同義ではないから、審決の右認定、判断は誤りである。

次に、審決は、本願の発明において光伝送路に可撓性なる限定が付されている点について、屈曲性と可撓性とは同義であると認定したうえ、原出願の発明はその明細書の記載に照らし可撓性のものを含むものと理解できるから、かかる限定の有無により本願の発明と原出願の発明との間に実質上の差異があるものということはできないとしている。

しかしながら、屈曲性と可撓性が同義でないことは明らかであり、本願は、原出願の発明に可撓性のものと非可撓性のものとが包含されていた中から可撓性のものを分離、区別したものであつて、原出願の発明に可撓性のものが含まれているからといつて、原出願の発明と本願の発明とが同一であるということはできない。そして、可撓性を有する光伝送装置は微少な屈曲部分があつても容易に布設することができるし、また、情報処理機械等の狭いスペースに多数の伝送装置を必要とする場合に多数本を束ねて使用することができるなど、極めて有用な作用効果を奏するものであり、この点に本願の発明のオリジナリテイの一部が存在するのであるから、この点からいつても、可撓性なる限定の有無によつて本願の発明と原出願の発明との間に実質上の差異があるということはできないとした審決は誤りである。

以上のとおりであるから、本願の発明は、原出願の発明と同一であるとした審決の認定、判断は誤つているものというべきである。

(二) 被告は、出願の分割が適法であるためには、原出願の発明の特許請求の範囲から分割出願に係る部分を除外する補正をすることが必要であり、その補正をせずに、原出願の発明の特許請求の範囲に分割出願に係る部分が含まれて存在している以上、審決が本願の発明は原出願の発明と同一であるとして、出願の分割を適法と認めなかつた点に違法はないと主張する。

しかしながら、被告の右主張は、「分割」という概念に反するものであるのみならず、特許法には、出願の分割が適法であるための要件として被告主張のようなことは規定されておらず、他に被告の右主張を正当づける根拠はない。すなわち、特許法施行規則第三〇条は手続に関する訓示規定であつて、出願の分割が適法であることの要件を定めたものではない。そして、右規定中の「補正する必要があるときは」という文言自体からも明らかなとおり、すべての出願の分割について補正が必要であるというものではなく、一般に上位概念で表現されているもの(本件における透明固体材料)の中から下位概念で表現されているもの(本件における透明ガラス)について分割して出願するような場合には、原出願の明細書の補正をする必要はないものと解されている。したがつて、本件においては、原出願の発明の特許請求の範囲から透明ガラスを除外する補正をする必要はないものというべきである。

さらに、もし被告の主張するように、原出願の発明の特許請求の範囲から分割出願に係る部分を除外する補正が分割出願の適法要件であるならば、原告に対し、右補正を命ずべきものであり(特許法第一七条第二項)、原告としてはこれを拒むべき理由は何もないのであるから、その補正に応じればこと足りることであつた。しかるに、右のような補正命令は発せられなかつたのみならず、特許庁側は、長年にわたつて、一貫して、原出願の発明における透明固体材料には透明ガラスは含まれていないとして、出願を拒絶してきたのであるから、本件訴訟の段階になつて被告が前記のような主張をすることは、不可能なことを強いるものであり、不当である。

また、被告は、本願の明細書(昭和四七年七月一〇日付願書添附の明細書)第四頁第二〇行ないし第五頁第二行記載部分の文意からして、「屈曲性」と「可撓性」に意義の違いはない旨主張するが、同明細書第四頁第一五ないし第一九行に「透明固体材料として従来知られているものに、Al2O3、MgO等が存在しているが、前者は、赤外線波長で不透明となり、弾性限界が小さい性質を有し、また後者は弾性限界が小さい性質を有しているので本発明では使用できない。」と記載されていることからも明らかなように、屈曲性を有する透明固体材料の中に可撓性のものと非可撓性のものとが包含されているのであるから、被告の右主張は理由がないものというべきである。

第三被告の答弁及び主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決に原告主張の違法はない。

1  審決は、禁反言及び信義誠実の原則に反するものではない。

本件において、前審決は前判決によつて取り消され、審決は、前判決の趣旨に従い、改めて審理、判断したものであり、したがつて、取り消された審決における判断と異なる判断をしたからといつて、禁反言及び信義誠実の原則に反するものということはできない。

2  本願の発明は原出願の発明と同一であり、本願の原出願からの分割を不適法であるとした審決の認定、判断に誤りはない。以下詳述する。

(一) 透明固体材料と透明ガラスについて

原出願の発明も本願の発明も共に、クラツド型のオプテイカルフアイバーの性質の改良を目的として屈折率分布を連続的にした発明であり、そのために特に材料の選択に工夫をした発明でないことは明らかであり、先行技術のクラツド型オプテイカルフアイバーに使用されていた周知の材料が透明ガラスであることを考慮すると、本願の発明は、原出願の発明が当然に含むところの透明ガラスを明記したにすぎないものである。両発明においてもたらされる効果はいずれも、結合面における付着力が、相互の物理的性質の違いが僅かであるため非常に強く、曲率半径が数cmの小さな屈曲ができるというもので、格別の差異は認められない。

そうだとすると、透明ガラスといつても、その選択について格別の発明が存在するものということはできない。

したがつて、材料が、本願の発明においては透明ガラスであるのに対し、原出願の発明においては透明固体材料であることをもつて、両発明を別異のものとすることはできないとした審決の認定、判断に誤りはない。

(二) 屈曲性と可撓性について

原出願の明細書(昭和四五年九月三〇日付手続補正書添附の全文訂正明細書)及び本願の明細書(昭和四七年七月一〇日付特許願書添附の明細書)において用いられている「屈曲性」なる用語は、いずれもオプテイカルフアイバーの属性である円弧状に曲げられる性質を意味するものと理解することができる。「可撓性」なる用語は、本願の明細書の第四頁第二〇行ないし第五頁第二行中に記載されているだけであるが、これも、右記載中の「前述したように」という記載に導かれて、前述した屈曲性に関する性質と同一の性質を述べたものと理解することができるから、両出願の明細書を通して、屈曲性と可撓性に意義の違いはないものというべきである。

したがつて、屈曲性と可撓性は同義ではないとする原告の主張は根拠がない。

そして、両出願の発明とも、クラツド型オプテイカルフアイバーの性質の改良を前提としている以上、可撓性(屈曲性)は共通した性質であり、それを特許請求の範囲に記載したことによつて、両者に実質上の差異があるものということはできない。

原告は、本願は、原出願の発明の中から可撓性のものを分離、区別したものである旨主張する。

しかしながら、本願の発明において、光伝送路に可撓性なる限定を付したといつても、そのための格別の構成はなく、単に性状を表現する域を出ないものである。前述したように、本願の発明における透明ガラスがクラツド型オプテイカルフアイバーの性質の改良を前提として原出願に開示されたものであり、クラツド型オプテイカルフアイバーが可撓性を有することは属性であるから、結局、この点は透明ガラスに付随する性状を述べたに止まるもので、このような限定の有無によつて、原出願の発明との間に実質上の差異があるものということはできない。

(三) そして、分割出願と原出願において、特許請求の範囲を比較して、重なる部分があるときは、その部分について同一発明に対する二重の特許権が存在することになり、これを避ける必要から、この場合、その分割出願に係る発明が原出願の発明の特許請求の範囲から削除されない以上、両者を同一発明として出願の分割を認めないことが相当であり、当該補正をすることは、適法な分割の要件である。

したがつて、そのような補正がなされず、本願の発明が、原出願の発明に含まれるものとして原出願の特許請求の範囲に存在する以上、審決が、本願の発明は原出願の発明と同一であるとして、出願の分割を認めなかつた点に違法はない。

原告は、上位概念で表現されるものの中から下位概念を分割出願するような場合には、原出願の明細書の補正を必要としない旨主張するが、特許法第四四条における「二以上の発明」に該当するものとして分割出願が認められるのは、上位概念の発明と下位概念の発明とが別異の発明であること、つまり、上位概念の中から下位概念を抽出したものが上位概念の発明と同一でない発明と認められる場合であるから、原告は原出願の明細書を補正して、原出願の発明中に下位概念の発明を含まないような形にしなければならないのであつて、原告が右の措置をとらないため、原出願の発明と本願の発明とが非同一の関係にない本件にあつては、分割出願は不適法なものというべきである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願の発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  原告は、審決は禁反言及び信義誠実の原則に反するものであつて違法である旨主張するので、この点について検討する。

当事者間に争いのない請求の原因一ないし三の事実に、成立に争いのない甲第二号証の一(昭和四七年七月一〇日付特許願書)、第三号証の一(昭和四七年一一月一三日付手続補正書)、第四号証(昭和五〇年九月一八日付通知書)、第五号証(昭和五一年三月一九日付新法適用通知書)、第六号証(昭和五四年一月一一日付拒絶理由通知書)、第九号証(拒絶査定謄本)、第一三号証(昭和五六年審判第三六四三号事件審決謄本)、第一四号証(昭和五六年(行ケ)第二五七号審決取消請求事件判決正本)、第一五号証(昭和五九年七月二三日付拒絶理由通知書)、第一六号証(昭和五九年八月二九日付意見書)、第一七号証(同日付手続補正書)、第一八号証の一(昭和四〇年五月五日付分割特許願書)、同号証の二(昭和四五年九月三〇日付手続補正書)、同号証の三(昭和四六年四月一五日付手続補正書)を総合すると、請求の原因四、1、(一)の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、特許庁側(審査官及び審判官)は、前審決に至るまで一貫して、原出願には、透明固体材料としてガラスを用いる旨の発明の開示が全くなかつたので、本願は原出願に含まれた発明の一部を適法に分割したものとは認められないものと判断し、これを理由に本願の原出願日への遡及を否定し、原出願日以降の刊行物(引用例)を挙示して、本願の発明は、特許法第二九条第二項(拒絶査定の理由)あるいは同法第二九条第一項第三号(前審決の理由)により特許を受けることができないものとしてきたのであるが、前判決において、原出願には、連続変化型オプテイカルフアイバーの透明固体材料としてガラスを用いる旨の発明が開示されていたとの認定が示されたため、審決は、審決の理由の要点記載のとおり、前判決の理由中の判断に従い、原出願の発明における透明固体材料に透明ガラスを含むことは明らかであるとした上、光伝送路の材料が原出願の発明においては透明固体材料であるのに対し、本願の発明においては透明ガラスである点をもつて両発明を別異のものとすることはできず、さらに、以上と別個の技術事項である光伝送路に可撓性の限定があるかどうかによつても、両発明に実質上の差異があるとすることができず、結局、両発明は同一のものと認められるから、本願の原出願からの分割は不適法であるとするに至つたものであることは明らかである。

ところで、審判官は、審決の取消しの判決が確定したときは、さらに審理を行い、審決をしなければならない(特許法第一八一条第二項)が、再度の審判においては、先の審決を取り消した判決の理由中の判断に拘束され(行政事件訴訟法第三三条第一項参照)、先の審決の理由(判決の理由中の判断において否定された先の審決の理由)と同一の理由により先の審決と同一の結論の審決をすることはできない。しかしながら、先の審決の理由とは別個で、判決の理由中の判断でも触れていない理由によるならば、先の審決と同一の結論の審決を再度することは何ら差支えないのである。

これを分割出願の要件に関する判断に即していえば、次のとおりである。すなわち、

いわゆる一発明一出願主義の下において、二以上の発明を包含する一個の特許出願をした出願人に対し、当該特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とするという手続をとらせ、新たな特許出願は原出願の時にさかのぼつて出願したものとみなすことによつて、原出願とは別個に特許を受けることができるものとした分割出願制度の趣旨及び特許法第四四条の規定に照らすと、分割出願が適法であることの内容上の要件としては、(甲)分割前の原出願がその願書に添附した明細書又は図面の記載において二以上の発明を包含し、分割出願に係る発明がその二以上の発明の一部であること、(乙)分割出願に係る発明と分割後の原出願の発明とは同一でないことを要するものと解されるところ、一定の分割出願について、先の審決が、(甲)の要件を欠いているから不適法であるとしたのに対し、判決が(甲)の要件を満たしているから不適法とはいえないとして先の審決を取り消した場合、再度の審決は判決の理由中の判断に拘束されて(甲)の要件を満たしていると判断しなければならないが、判決の理由中の判断で触れていない(乙)の要件の成否については新たに判断を加えなければならないことは当然であり、審理の結果(乙)の要件を欠いているとの判断に到達した場合には、分割出願は不適法であるとした先の審決と同一の判断をすることは何ら妨げられないのである。たとえ特許庁側が先の審決及びそれに至る過程において、多年にわたり一貫して、分割出願が(甲)の要件を欠いているから不適法であるとしていたからといつて、再度の審決において(甲)の要件は満たされているとしたうえ、(乙)の要件を欠いているから、やはり分割出願は不適法であるとすることは、何ら禁反言及び信義誠実の原則に反するものではないというべきである。

本件において、審決は前判決に示された審決取消しの理由中の判断に従い、原出願の発明における透明固体材料には透明ガラスを含むものと認定した上、前判決の理由中の判断では触れていない原出願の発明と本願の発明の同一性の有無について判断し、本願は分割出願の要件(前説示にいう(乙)の要件)を欠き不適法であるとして、前記結論に至つたものであるから、これをもつて、禁反言及び信義誠実の原則に反するものとは認め難く、原告の主張は理由がないものというべきである。

2  次に、原告は、本願の発明は原出願の発明と同一であり、本願の原出願からの分割は不適法であるとした審決の認定、判断は誤りである旨主張するので、この点について検討する。

(一)  まず、原告は、本願は原出願の発明に含まれていた種々の透明固体材料(透明ガラス、プラスチツク、結晶性ガラス等)の中から特にその一部である透明ガラスを区分して出願の分割を行つたものであり、本願の発明における透明ガラスは、原出願の発明における透明固体材料に含まれるが、「含まれる」ということと、「同一である」ということとは異なる概念であつて、同義ではないから、材料が、本願の発明においては透明ガラスであるのに対し、原出願の発明においては透明固体材料であることをもつて、両発明は別異のものとすることはできないとした審決の認定、判断は誤りである旨主張する。前掲甲第一八号証の一ないし三によれば、原出願の発明はクラツド型のオプテイカルフアイバーの改良に関するものであつて、「屈折率の大きい透明固体材料と屈折率の小さい透明固体材料より成る光伝送路にして、その軸線に対して直角方向に屈折率が内側が大で外側が小なる如く連続的に変化するごとき屈折率分布を有し、光の伝送損失が少く、しかも屈曲性を有する透明固体材料による光の伝送装置を提供すること」(昭和四六年四月一五日付手続補正書添附書面第一頁第五ないし第一一行)を目的とするものであることが認められ、前示のとおり、特許請求の範囲において、透明固体材料よりなる光伝送路であつて、屈折率分布を該伝送路の軸線に対し直角方向に連続的に変化させる構成のものであることを明記している。一方、前掲甲第二号証の一及び成立に争いのない甲第三号証の三(昭和四八年一一月一五日付手続補正書)によれば、本願の発明も、クラツド型のオプテイカルフアイバーの改良に関するものであつて、「光の伝送路の内部を軸線に対して直角方向に屈折率分折が連続的に変化するごとく拡散法により形成し、光の伝送損失が少く、しかも屈曲性を有するガラスによる光の伝送装置を提供すること」(昭和四七年七月一〇日付特許願書添附の明細書第四頁第五ないし第九行、昭和四八年一一月一五日付手続補正書添附書類第一頁第三行ないし第六行)を目的とするものであることが認められ、前示のとおり、特許請求の範囲において、透明ガラスよりなる光伝送路であつて、屈折率分布を該伝送路の軸線に対し直角方向に連続的に変化させる構成のものであることを明記している。そして、前掲甲第二号証の一、第一八号証の二及び成立に争いのない甲第三号証の四(昭和五一年二月二日付手続補正書)によれば、原出願の発明、本願の発明とも、屈折率分布が光伝送路の軸線に対して直角方向に連続的に変化するように形成することにより、「反射回数を低減出来、併せて反射による損失、吸収による損失等の伝送損失をほとんど無くすることが出来る。又屈折率の大きい透明固体材料(本願の発明においては、ガラス)と屈折率の小さい透明固体材料(ガラス)との二つの異なる材料による界面は存在せず、界面が有する凹凸の技術的問題を解決したと同時に伝送の際の特性上それ以上の効果を発揮する。更に結合面の付着力は透明固体材料(ガラス)の相互の物理的性質の違いが僅かであるため強力で従つて屈曲性に優れ、小さい曲率半径の屈曲が出来る。又ガスレンズのように大がかりな装置を必要とせず、直径の小さい伝送装置を実現出来る他、光が集束して進むことにより波形歪を低減出来る等多くの利点を有している。」(本願につき昭和四七年七月一〇日付特許願書添附の明細書第一二頁第一〇行ないし第一三頁第一三行、昭和五一年二月二日付手続補正書添附書類第一頁第四行ないし第七行、原出願につき昭和四五年九月三〇日付手続補正書添附の全文訂正明細書第一〇頁第九行ないし第一一頁第四行)という共通の作用効果を奏するものであることが認められる。

右のとおりであつて、原出願の発明と本願の発明とは、その基本的な技術的思想を同じくするものであるというべきところ、原出願の発明において透明固体材料の選択に格別の技術的意義が存するものとは認められず、また、従来クラツド型のオプテイカルフアイバーにおいて透明ガラスが使用されていること(この点は弁論の全趣旨により認める。)をも併せ考えると、本願の発明は、原出願の発明に含まれていた種々の透明固体材料の中から、単に、その一種である透明ガラスを抽出して構成要素としたものにすぎないものであつて(原出願の発明における材料に透明ガラスが含まれていることは当事者間に争いがない。)、オプテイカルフアイバーの材料が、本願の発明においては透明ガラスであるのに対して、原出願の発明においては透明固体材料であることをもつて、本願の発明と原出願の発明とが同一のものでないということはできない。

したがつて、オプテイカルフアイバーの材料が透明ガラスであるか、透明固体材料であるかの差異をもつて、本願の発明と原出願の発明とを別異のものとすることはできないとした審決の認定、判断は正当であつて、原告の前記主張は理由がないものというべきである。

(二)  次に、原告は、屈曲性と可撓性は同義ではなく、本願は、原出願の発明に包含されていた可撓性のものと非可撓性のものの中から可撓性のものを分離、区別したものであつて、原出願の発明の中に可撓性のものが含まれているからといつて、原出願の発明と本願の発明とが同一であるということはできないし、可撓性を有する光伝送装置は、微少な屈曲部分があつても容易に布設することができるし、また、情報処理機械等の狭いスペースに多数の伝送装置を必要とする場合に多数本を束ねて使用することができるなど、極めて有用な作用効果を奏するものであり、この点に本願の発明のオリジナリテイの一部が存在するのであるから、審決が、本願の発明において光伝送路に可撓性なる限定を付したことをもつて、両発明に実質上の差異があるものということはできないとした認定、判断は誤りである旨主張する。

前掲甲第二号証の一、第一八号証の一ないし三によれば、原出願の明細書及び本願の明細書に記載されている「屈曲性」なる用語は、いずれもオプテイカルフアイバーの属性である円弧状に曲げることができる性質を意味しているものと認めるのが相当である。そして、前掲甲第二号証の一及び成立に争いのない甲第三号証の三(昭和四八年一一月一五日付手続補正書)によれば、「可撓性」なる用語は、本願の発明の特許請求の範囲のほか、本願明細書の発明の詳細な説明における「本発明は、前述したように、可撓性を有するオプテイカル・フアイバーとなし得る前記のガラスが選択される。」(昭和四七年七月一〇日付特許願書添附の明細書の第四頁末行ないし第五頁第二行)との記載中に用いられているが、右記載は、同明細書の第四頁第三ないし第六行、昭和四八年一一月一五日付手続補正書添附書類第一頁第三行ないし第六行の「本発明は叙上の従来技術の欠点を除去するものであり、その目的は光の伝送路の内部を軸線に対して直角方向に屈折率分布が連続的に変化するごとく拡散法により形成し、光の伝送損失が少く、しかも屈曲性を有するガラスによる光の伝送装置を提供することにある。」という記載部分を受けたものであることが認められるから、「可撓性」は「屈曲性」と同義のものとして用いられているものと認められる。そして、光伝送路が可撓性を備えることにより奏する作用効果が昭和四七年七月一〇日付特許願書添附の明細書に記載されていることは前記(一)認定のとおりである。

ところで、前記のとおり、本願の発明と原出願の発明とは、いずれもクラツド型のオプテイカルフアイバーの改良を目的とし、屈折率分布を光伝送路の軸線に対し直角方向に連続的に変化させる構成のものであつて、原出願の明細書には、屈曲性(前記のとおり、「可撓性」と同義)に基づく原出願の発明の作用効果として本願発明のそれと全く同じ内容のものが記載されているから、可撓性を要件とする本願の発明は、原出願の発明に含まれているものというべきである。そして、可撓性は、クラツド型オプテイカルフアイバーに限らず、光の伝送装置全般に好都合な性質のものであることは技術的に自明のことであり、しかも、本願の発明は、単に可撓性を要件とするのみで、可撓性を具備するための格別の構成を伴うものではないから、光伝送路に可撓性なる限定を付したことに本願の発明の特徴の一部が存在するということはできない。

したがつて、審決が、屈曲性と可撓性とを同義とし、原出願の発明が可撓性のものを含むことは理解でき、かかる限定の有無により両発明に事質上の差異があるものということはできないとした認定、判断に誤りはない。

してみれば、本願の発明は原出願の発明と同一であるとした審決は正当であるというべきである。

(三)  ところで、適法な分割出願の要件として、分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一でないことが必要であると解すべきことは前述のとおりであるが、分割前の原出願の発明と分割出願に係る発明とが同一であつても、出願の分割に当たつて原出願の明細書又は図面が補正されて両者の発明が同一のものでなくなれば、右要件を見たすことになることはいうまでもない。

そこで、右補正の有無について検討するに、本件の原出願後である昭和四五年五月二二日法律第九一号により特許法第四四条旧第二項において「前項の規定による特許出願の分割は、特許出願について査定又は審決が確定した後は、することができない。」と定めていたのを削除し、かつ、旧第一項を現行第一項のとおり改めたが、右法律附則第二条により、右法律の施行された昭和四六年一月一日当時現に特許庁に係属していた原出願については審決が確定するまでなお従前の例によるとされ、したがつて、原出願に対する拒絶審決が確定した昭和四七年八月二五日までは適法に分割出願をすることができたのであり、その際、分割出願の体裁を整えるために原出願の明細書又は図面についてする補正は、出願公告決定後の補正に関する特許法第六四条所定の補正の時期的制限にかかわらず、これをすることができたものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五三年(行ツ)第一四〇号昭和五六年三月一三日第二小法廷判決、裁判集民事第一三二号二二五頁)が、原出願の発明から本願の発明を除外する旨の原出願の明細書又は図面の補正はなされていないことは弁論の全趣旨により明らかである。

この点について、原告は、上位概念で表現されているものの中から下位概念で表現されているものについて分割して出願するような場合には、原出願の明細書等の補正は必要ではない旨主張するが、本願は、原出願の発明における透明固体材料の中から透明ガラスを区分して分割出願の対象としたものであり、単に上位概念の発明から下位概念の発明を抽出したものにほかならないことは前記説示により明らかであり、このような場合には、二重特許の発生を防止するため上位概念の発明中に下位概念の発明を含まないような形にする補正をする必要があるのであつて、これを不必要とする原告の主張は理由がない。

また、原告は、出願の分割に当たつて、右のような原出願の明細書の補正が必要であるならば、原告に対し、右補正を命ずべきである旨主張するが、明細書に記載された技術内容に関する手続補正は、出願人が自己の意思に基づいて自発的に行うべきものであつて、命令に応じて行うべきものではなく、出願の分割の場合であつても、分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一であることを免れさせるために、特許庁側が出願人に対して、原出願の明細書の手続補正を命じなければならない法的義務は存しないのであつて、原告の右主張は理由がない。

したがつて、本願の発明は、原出願の発明と同一であり、本願は、特許法第四四条第一項に規定する二以上の発明を包含する特許出願の一部を分割した新たな特許出願に該当せず、分割は不適法であつて、同条第二項の出願日の遡及を認めることはできないとした審決の認定、判断に誤りはなく、これに反する原告の主張は理由がない。

以上のとおりであつて、原告主張の審決の取消事由はいずれも理由がないものというべきである。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)

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